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佐賀地方裁判所 昭和46年(ワ)87号 判決

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

原告ら

被告らは連帯して原告らに対し各金六〇万四、九七〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決並びに仮執行宣言を求める。

被告淵上

主文同旨の判決並びに被告敗訴の場合仮執行免脱の宣言を求める。

被告佐賀市

主文同旨の判決を求める。

第二請求原因

一  訴外寺崎栄吉は左記交通事故により全身打撲傷、左足関鎖部打撲傷の傷害を受けた。

日時 昭和四三年五月一五日午後一時四五分頃

場所 佐賀市松原一丁目一番地佐賀市役所南門附近

加害車 軽四輪乗用車(8佐あ8913)

運転者 被告淵上

事故の態様 被告淵上は加害車を運転して前記駐車場から他の車輪の間を通り市役所南門を出ようとした時右方から自転車で進行してきた被害者に接触転倒させた。

二  被告らの責任

(1)  被告淵上は左方の安全のみを確認し、右方の安全を確認しなかつた過失がある。

(2)  被告淵上は、被告佐賀市に勤務する公務員で、かねて清掃施設技術管理者の資格試験を受けるため、被告佐賀市の設置する衛生処理場へ見学に赴く途中本件事故を惹起した。被告佐賀市としてもかかる有資格者を配置する法的義務があるところから、被告淵上の資格取得に種々便宜を与え、前記衛生処理場の見学についても公務に準ずるものとして便宜を与えていた。

被告淵上は加害車を所有し、且つ日頃通勤用にこれを使用することを被告佐賀市は黙認していたのであるから本件事故当時被告佐賀市は運行供用者の地位にあつたものであり、仮りにそうでなくとも本件事故当時被告淵上の行為は客観的にみて被告佐賀市の業務(公務)の執行につき被害を与えたものと見るべく、従つて被告佐賀市は民法七一五条の使用者責任を免れない。

三  訴外栄吉の損害と相続

訴外栄吉は昭和四四年一一月一四日高血圧症による心筋梗塞のため死亡したが、本件事故により次の損害を蒙つた。

(1)  治療費 二〇万五、四一〇円

(2)  診断書作成料 一、五〇〇円

(3)  通院交通費 二万九、四〇〇円

タクシー代往復二四〇円の一二一日分

(4)  付添看護料 三八万八、六〇〇円

入院期間三〇〇日の間原告ヌイが看護に当つたが、一般の付添婦の日当は一、〇〇〇円程度であり、これを基準として右期間中の付添費三〇万円のほか同人の食費、寝具使用料八万八、六〇〇円。

(5)  入院雑費 一五万円

(6)  休業による損害 四五万円

本件事故により栄吉は事故当日から翌四四年一一月一三日死亡するまで一年六ケ月間勤務先の有限会社中折タクシーを休み、その間月平均二万五、〇〇〇円の給与相当額の損害を蒙つた。

(7)  慰藉料 二一〇万円

以上(1)ないし(7)の合計三三二万四、九一〇円が栄吉の損害であるところ、自賠責保険から受領した一七五万円を控除した残額一五七万四、九一〇円を、原告ヌイは配偶者として、その余の原告らはいずれも子として各三分の一の五二万四、九七〇円宛相続取得した。

四  原告らの損害

被告らは原告らの損害賠償請求に応じないので弁護士たる原告ら訴訟代理人に本訴の提起及び遂行を依頼し、手数料一〇万円を支払つたほか謝金として判決認容額(但し弁護士費用を除いた分)の一割を支払う旨約した。従つて被告らは弁護士費用として原告らに対し各八万円を支払う義務がある。

五  よつて被告らに対し原告らはそれぞれ六〇万四、九七〇円とこれに対する本訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する答弁並びに抗弁

被告淵上

一  請求原因一のうち被告淵上運転の加害者と訴外寺崎栄吉運転の自転車が接触したことは認めるが、事故発生の場所、事故の態様、傷害の部位、程度はすべて争う。同二のうち同被告の過失の点は争う。同三のうち栄吉がその主張の日心筋梗塞のため死亡したこと、自賠責保険からその主張の保険金が支払われたことは認め、損害についてはすべて争う。同四の事実は不知、被害者栄吉は本件事故当時高血圧症のため治療を受けていたものであり、原告ら主張の入院、通院治療も高血圧症の治療が主であつて、本件事故による損害のためのものではなかつた。また事故当時亡栄吉は満六七才で統計上認められる稼動年令をはるかに超えており、併せて前記症状からみて原告ら主張の休業損害は本件事故と無関係である。

二  仮りに同被告に損害賠償義務があるとしても本件事故の発生については訴外栄吉にも次のような過失があつたから賠償額の算定につきこれを考慮すべきである。

本件事故現場は原告ら主張の市役所南門出入口ではなく市役所構内の駐車場である。即ち被告淵上は加害車を運転し、右駐車場内を東西に二列に並んで駐車中の車の間を通り東方へ進み駐車場出入口附近で一旦停止して左右を見たが、車輪、歩行者とも見当らなかつたので市役所南門方向へ右折せんとした瞬間、被害車運転の自転車が右方南門から北方へ向い加害者の直前へ進行してきたためこれと接触したのであるが、およそ駐車場入口附近を通行する際は、一旦停止して右駐車場内から発進してくる車輌の有無を確認する注意義があるのに、被害者栄吉は漫然通行した過失により本件事故が発生したものである。

被告佐賀市

請求原因一の事実中事故発生の事実は認める。被害者の受傷の部位、程度は不知、同二の(1)は否認、(2)のうち被告淵上が被告佐賀市の公務員であり、本件事故が被告淵上が被告佐賀市の設置する衛生処理場へ赴く途中発生したことは認めその余は否認する。同三のうち損害の発生及びその余はすべて争う。自賠責保険からその主張の保険金が支払われたことは認める。同四の事実は不知。

第四被告淵上の抗弁に対する答弁

被告淵上の過失相殺の抗弁事実は否認する。

第五証拠〔略〕

理由

第一  被告淵上に対する請求

一  請求原因一のうち本件事故の発生場所、事故の態様、被害の程度を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を綜合すると、次の事実を認めることができる。

即ち、本件事故発生地点は佐賀市役所構内の軽四輪車専用駐車場の出入口附近であり、当時被告淵上は加害車を運転し、右駐車場内から出入口に向い時速七粁位の速度で東進し、右出入口附近で左方の安全を確認したが右方の安全確認を欠きそのまま運行したため、右方南門方向から北方へ進行してきた被害者運転の自転車と接触し、その衝撃により被害者は右側に転倒し左足関節部挫傷、全身打撲症の傷害を受けた。

以上のとおり認められ、これに反する証拠はない。被告淵上は被害者が駐車場出入口附近において一時停止等の注意義務を怠つた過失がある旨主張するが、同被告の前記過失と比較して未だ過失相殺をなすほどの過失があつたとは認めがたい。

二  〔証拠略〕によると、訴外栄吉は事故当時の診断では左足首に表皮剥離が認められると同時に左下腿全部に痛みを訴えたが、レントゲン撮影の結果によるも異状を認めなかつたが、その後間もなく胸部、腰部、背部全般に激痛を訴えるようになり血圧抗進のため呼吸困難も伴つたこと、次いで左下肢の緊張痛、尚腓骨神経の運動麻痺が生じたが、同人は事故当日より昭和四四年三月一〇日まで入院し、同年一一月一二日までの間通院(内実治療日数一一一日間)し同月一四日狭心症のため死亡したこと、同人は事故前の昭和四二年一二月頃から高血圧症のため月平均五日間位通院治療受けていたが、その症状は必らずしも軽いものではなく担当医師も憂慮していたことがそれぞれ認められ、右認定の事実によると訴外栄吉の前記症状は本件事故と全く関係がないとは断定できないにしても前記高血圧症に基く体質的要素が加つて前記症状が顕れたものと認められ、従つて同訴外人の傷害に対する本件事故の寄与度は六割程度と認め全損害の六割の限度で被告に賠償責任を認めるのが相当と考える。

三  損害

(1)  治療費

〔証拠略〕によると訴外栄吉は入院治療費二〇万五、四一〇円を吉本病院に支払つたことが認められるところ、本件事故の寄与度に鑑みれば一二万円をもつて相当とする。

(2)  診断書作成料

〔証拠路〕によれば右費用として一、五〇〇円を要したが、内九〇〇円を被告の負担すべき額と認める。

(3)  通院交通費

〔証拠略〕によると訴外栄吉は昭和四四年三月一一日から同年一一月一二日までの間少くとも一一一日間通院し、一日往復二四〇円の割合で二万六、六四〇円を要したことが認められるところ、内一万五、九〇〇円の限度で被告に負担させるのが相当である。

(4)  付添看護費

〔証拠略〕によると、同原告は訴外栄吉の入院期間中同人に付添看護に当つたが、そのうち少くとも入院当初から同年一二月一四日まで二一四日間は付添看護が必要であつたことが認められ、看護料一日一、〇〇〇円の割合による二一万四、〇〇〇円のほか付添食費一日三五〇円の割合による七万四、九〇〇円、付添人寝具使用料一日五〇円の割合による一、〇七〇円、以上合計二八万九、九七〇円となるが、そのうち一七万三、〇〇〇円を被告に負担させるのを相当と認める。

(5)  入院雑費

訴外栄吉の入院期間三〇〇日につき補食費、入院雑費として一日二〇〇円の割合による合計六万円をもつて相当とし、右のうち被告に負担させる額は三万六、〇〇〇円となる。

(6)  休業損害

〔証拠略〕によると、訴外栄吉は本件事故当時有限会社中折タクシーに集金係として勤務し、月平均二万五、〇〇〇円の賃金を得ていたが、本件受傷後翌四四年一一月一四日死亡するまで一八ケ月間にわたり合計四五万円の所得を失つたが、本件事故の寄与度に鑑み右のうち被告の賠償すべき額は二七万円をもつて相当とする。

(7)  慰藉料

前認定の諸般の事情を考慮すると訴外栄吉の受傷による慰藉料は一一〇万円をもつて相当と考える。

四  以上合計一七一万五、八〇〇円が訴外栄吉の損害であるところ、自賠責保険から一七五万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、そうすると同人の損害はこれにより補填されたこととなる。

第二  被告佐賀市に対する請求

一  請求原因一のうち本件事故発生の事実は当事者間に争いがない。

二  被告淵上が被告佐賀市の公務員であり、被告淵上が被告佐賀市の設置管理する衛生処理場へ赴く途中本件事故が発生したことはいずれも争いがない。原告らは被告佐賀市は被告淵上所有の本件加害車について自賠法第三条にいう運行供用者にあたると主張するところ、〔証拠略〕によると、本件事故当時被告淵上は佐賀市役所庶務課に所属していたものであつて、かねて清掃施設技術管理者認定資格を取得すべく通信教育を受けていたが、近く行われる予定の認定講習にそなえて、市内巨勢町にある佐賀市衛生処理場を見学するため、勤務時間中上司の承認を得て本件加害車を運転中本件事故を惹起したものであること、右車輪は被告淵上の所有するものであつて、かねて通勤に使用していたが被告佐賀市の公務の用に使用したことはこれまでなかつたことがそれぞれ認められ、右の事実によると、他に特別の事情のない限り本件加害車について被告佐賀市が運行供用者に該るとみるのは困難であるし、また本件事故当時における右加害車の運行が被告佐賀市の事業の執行について行われていたとみることもできないので、被告佐賀市に対し本件事故による損害賠償責任を認めることはできない。

第三  してみれば原告らの本訴請求はすべて失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松信尚章)

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